SHISEIDO

日本の公衆浴場「銭湯」の魅力を再発見する

東京で外国人として住みはじめてからほどなくして、私は地元商店街のある建物の入口に青い布がぶら下がっていることに気がつきました。漢字が読めない私には、この建物のなかに何があるのか、またそのタイル張りの建物のなかに日本文化の真髄があろうとは、露ほども知りませんでした。

そのうちに、家族連れや老若男女など、色々な人々がシャンプーや石鹸の入った小さなかごをもって建物に出入りしている様子を見かけるようになりました。それもそのはず、東京だけでも数百もあるのです。近所にあっても何も不思議ではありません。もともと銭湯や公衆浴場は、自宅にお風呂がなかったためにつくられたものでした。1960年代中頃から自宅にお風呂を備える家庭も増えたため、銭湯の数は大きく減少し、銭湯を訪れる意味が薄れてしまいました。しかし、現代の生活では貴重でユニークな銭湯文化が見直され、今では人々がくつろぎ、交流し、そして日本のお風呂文化を体験できる、お手頃価格(東京都内の銭湯の入浴料金は470円)の地元のスパとして新たな評価を得ています。

他の多くの外国人と同じように、私が初めて日本のお風呂文化に触れたのは、スキー旅行で訪ねた湯沢の温泉街でのことでした。一日中スキーを楽しんだあと、疲れた体を湯気が立ち上る温泉に浸からせると、脱衣所で服を脱ぎ、浴場へ向かう時に感じた最初の居心地の悪さはすぐに消えました。私にとって温泉に入ることはこの上ない幸せだと、すぐに気持ちが変化したのです。温泉とは、英語ではhot springといい、地中から湧き出したお風呂のお湯の源泉を意味します。日本全国には27,000カ所以上の源泉があり、その水温や色、泉質、においは温泉により大きく異なり、それぞれ健康や肌に特有の効能があるとされています。

私も日本旅行で温泉を尋ねたという話は多くの友人から聞いていたのですが、地元にある銭湯のことはほとんど聞いたことがありませんでした。銭湯では通常、ボイラーで沸かした水道水を使用しています。ただし、厳密に言えば、多くの銭湯は地中深くから水を汲み上げており、温泉として認められています。

銭湯の歴史は、仏教がインドから日本に伝来した6世紀にまで遡ります。当時、すべての仏教寺院に身を清めるための浴堂が設けられました。しかし、仏教寺院が庶民に浴場を解放したのは何百年も後のことで、その頃からお風呂に入ることが庶民の間で人気になりました。12世紀の終わりには、商売としての銭湯が現れ始めました。江戸時代(1603-1868年)、現在の東京にあたる江戸では火事を防ぐために内風呂が禁止されていたため、この時代に銭湯の人気が高まったとされています。江戸の街の銭湯には毎日多くの人が訪れました。

では、現代の日本人が銭湯を訪れる目的は何なのでしょう。銭湯文化は、単に体を清潔に保つところというよりもむしろ、趣味や娯楽として認識されつつあります。地元の銭湯を訪れることで、地元のお得意様と地域社会における連帯感を生み出し、家族や友人と交流したり時を一緒に過ごしたりする機会を得られます。また、観光客にとっては、地元の人とつながり、地元の地域や歴史についてよりよく知るチャンスとなるでしょう。日本語には「裸の付き合い」という言葉がありますが、文字通り裸同士の関係というよりも、地位や肩書きに縛られることのない、隠し事のないオープンな関係を意味します。私たちは皆、お風呂ではリラックスして自分らしくあることができるのです。スケジュールがぎっしり詰め込まれた私たち現代人の生活において、そうした関係を築くことはますます重要になっています。

銭湯の大浴場は、家庭の小さなお風呂とは随分と異なります。銭湯の大浴場では気分をすっきりさせ、大きな浴槽で心も体も完全にリラックスすることができます。これまで何世紀もそうであったように、銭湯は近所の人たちが会い、さまざまな世代の人が集い、交流し、リラックスする場所であり続けることでしょう。銭湯は壁面の絵画、モザイク、タイルなどが一つ一つ異なります。単に銭湯を訪れ、湯船に浸かるだけではなく、美しい作品に触れることで銭湯を訪れる楽しみも一層増すでしょう。

今日の銭湯文化、そして「銭湯は、小さな美術館」の著者で日本銭湯文化協会公認銭湯大使でもあるステファニー・コロイン氏のなかには、地域社会の環境や雰囲気、そして帰属意識が強く存在しています。ステファニーさんは今までに日本各地の銭湯を何百回も訪れ、今では銭湯の認知度を高めることに専念して、世界に向けて情報を発信しています。ステファニーさんは最近、ニューヨークで開催された国際交流基金の会議の場で「I love yu, The charms of the Japanese bath houses」と題した発表を行いました。このプレゼンテーションで、ステファニーさんは銭湯に関する豊富な知識を披露し、また、日本の銭湯を自身で3つに分類して参加者と共有しました。さらに、普段はあまり目立たない銭湯の内部に隠されたその圧倒的な美しさと芸術性を伝える、傑作写真の数々も紹介しています。

昔ながらの銭湯:まるでその場所だけ時が止まったような、懐かしい雰囲気のレトロな銭湯。昔ながらの銭湯の多くは、アンティークなドライヤー、古いポスター、ロッカー、バス用品などのオリジナルの骨董品を展示した、まるで銭湯博物館です。「日本建築の宝として永久に保存してほしい」とステファニーさんが言うのも納得できます。

リニューアルされた銭湯:リニューアルされた銭湯の多くは80年代または90年代に改装されたものが多く、ヨーロッパの風景画や当時流行していたアートなど、その改装された時代を彷彿とさせるテーマのものを見ることができます。スイスの風景画やモネの名作のレプリカなど、日本の銭湯ではまさか見かけることはあるはずがないと思うような、凝ったデザインや大胆なデザインに出会うことができるでしょう。

デザイナー銭湯:現代的で建築家がデザインした銭湯。日本の現代美を表現する、上品でエレガントなつくりです。

日本独自の文化遺産が衰退しつつあるなか、新しい時代に向けて再生し、新しい世代のために再考される銭湯文化に期待が寄せられています。日本の本物の銭湯を体験することは間違いなく特別なものであり、この体験は、日本のお風呂の歴史を継いでいくためにも共有しなくてはなりません。

関連リンク
日本のお風呂の美学
ジャパニーズ・ビューティー・リサーチ第3回:入浴