SHISEIDO

発酵時代 第1回:
味噌と納豆

コロナ禍において、健康や美容に対する関心が高まってきていますが、日本では昔から『医食同源』という言葉があり、病気を治療するのも日常の食事をするのも、ともに生命を養い健康を保つために欠くことができないもので、源は同じだという考えがあります。
和食は世界で喜ばれているジャパニーズカルチャーの1つですが、ジャパニーズビューティインスティチュートでも、「体に良く、美容にもいいものを食べる」という美容行動に注目しています。

さて、日本女性が特に意識している『日本の食べ物』って何でしょうか?

今回は、『25ans』 →『婦人画報』→『VOGUE JAPAN』→『etRouge』と、女性誌の美容ページを30年にわたり手がけてきたスペシャリストの麻生綾さんのエッセイをお楽しみください。

かくなるうえは、味噌を極めたいと思っています。さらには発酵食品の世界を。

何がいきなり「かくなるうえは」なんだという話ですが、つい先日「朝食に具なし味噌汁」ほぼ連続600日めを達成いたしまして。もちろん今朝も美味しくいただきました。

味噌汁が美容にいいことはわかっています。栄養価が高いのはもちろん、免疫力アップの要といわれる腸に効くし、“腸”子がよければもれなく肌のご機嫌も良好です。がしかし、ちゃんと作ろうとすると正直、面倒臭い。火を使うと夏は暑いし、鍋とかまな板とか、かさばる洗い物は出るし。味噌玉を作りおけばいいという説もありますが、時間と手間がかかるのは一緒。というわけでついついパスってしまい、味噌を1パック買ったのはいいけれど、いつしか冷蔵庫の奥に忘れ去られカラカラのカチカチに……というのは一人暮らし、もしくは働く女の味噌の末路、あるあるでは?

そこで私、考えました。要は、鍋を使うからあかんのや!

肝心なのは毎日「続ける」こと。

そもそも味噌は煮立てないのがルール。だったらお椀に直接ひと匙の味噌を入れ、お湯で溶かすだけで十分ではないですか。豆腐や野菜たっぷりの「具沢山」味噌汁は、別の機会にぜひということで、ここで肝心なのは毎日「続ける」こと。そのためにはお椀ひとつ、スプーン1本でサクッと作れるものでなければ! 実際、少量の粉末あご出汁を振り入れたのち、味噌をひと匙、あとはお湯を注ぐだけのインスタントもどきの作り方にしたら、論より証拠、こんなズボラーでも楽々600日続いたのであります。

ひきわり納豆の投入でより滋味に。

さらにもう一つ、既成概念の輪っかが外れる話を。仕事仲間に上記のような「具なし味噌汁最強説」を唱えていたある日、「麻生さんは上品ですねえ」と返されてびっくり。「ええ? どこが」「ちゃんとお椀を使うところ。その作り方なら、マグカップでいいじゃないですか」な、なるほど。おっしゃるとおりです。それなら食洗機も使えるし、さらにラクできますな! と感心しつつも、個人的には結局お椀派。というのは、たっぷり飲みたいのでマグカップでは容量が足りないのです。お椀はお椀でも、麺類を食べるときに使う大ぶりなやつを採用、そしてここ半年くらい、ひきわり納豆と海苔も入れています。「具なし、ちゃうやん!」いや、鍋やまな板を使わずただ投入するだけなので、まるっきりの反則ではない……としてくださいませ。納豆、それも粒のバラけ具合がいいひきわり納豆を入れると出汁の代わりにもなり、味噌汁がよりいっそう滋味に。正直、お湯を注いでかき混ぜた後のヴィジュアルはあまりよろしくないけれど、ノープロブレム! 肝心の私が綺麗になればいいのですから。

発酵食品の聖地、銀座一丁目界隈を行く。

ちなみに納豆って、ひきわりと粒では、ビタミンやミネラルの組成が異なることをご存じでした? ひきわりはビタミンKやカリウムが、粒はカルシウムや食物繊維などがより多く含まれているそうなので、たまに意識的に後者もいただきます。さらにちなみに、ひきわりは納豆を後から刻んだものではなく、大豆の段階、すなわち蒸す前に砕いて作るのだとか。そんな工程によって食感だけでなく醸される栄養分も違ってくるだなんて、ううむ、なんという発酵の神秘、奥の深さでしょう!

最近の銀座一丁目界隈はちょっとした発酵食品の聖地で、発酵ワールドを極めたい私の散歩コースになりつつあります。医食同源レストランに併設された量り売りの味噌ショップで全国の味噌を片っ端から試食&少量ずつ購入してみたり、少し前には茨城県のアンテナショップで「納豆の日(7月10日)」にちなんだ期間限定のオーダーメイドの納豆を注文してみたり。いや、味噌も納豆もじわじわと熱い。確実に盛り上がっています!

発酵と腐敗、実は原理としては同じで、前者が人間にとって有益な微生物作用であるなら、後者は有害な微生物作用。それを人間の勝手な都合で呼び分けているにすぎず、微生物サイドに言わせれば生存戦略であり、我々はそれにのっかり恩恵を受けているだけ。おそらく偶発的ではあったと思うのですが、ちゃっかりのっかったご先祖さまありがとう! おかげで今日も私は健康で美味しい思いをしていますよ。