SHISEIDO

第12回 吉岡更紗 × 資生堂京紅

文/吉岡更紗
(初出:『花椿』 / 2017年7月18日)

Photo/Chihiro Tagata

毎年7月前半は、三重県の伊賀上野に頻繁に出かけている。丹精こめて育てられた紅花の収穫をするためである。キク科で香りの高い紅花は、見ための可憐さとはうらはらに棘があるので、丸一日作業をすると手や腕に赤いぶつぶつができてしまう。「末摘花」ともよばれるこの花を、ひとつひとつ丁寧に摘み取っていく作業は、植物から色を生み出す仕事をしている私にとって大切な夏の行事のひとつである。

PHOTO/ MAKOTO ITO

収穫した花は乾燥させて保存しておき、「寒の紅染」と言われるように、冬に染色をしている。黄色い花をつける紅花だが、わずかに赤い色素を含んでおり、冬の冷たい空気の中、さまざまな工程を経て、曇りのない、澄んだ鮮やかな紅色を生み出すのだ。

PHOTO/ MAKOTO ITO

この紅花は、かつて口紅の原料として使われていた。紅花の原産はエジプトのナイル川流域と言われており、サッカーラの末期王朝時代の遺跡から、紅花と口紅が発掘されている。そしてシルクロードを経て、中国に伝わる。

「我が燕支山を失う、我が婦女をして顔色無からしむ。」これは、紀元前2世紀、現在の中国甘粛省周辺にいた匈奴(きょうど)の王が、漢民族に領地を奪われ、それを嘆いたときの言葉。匈奴の女性達はこの地に咲く紅花を使ってお化粧をしていたのだが、土地を奪われてしまったので顔色を赤く粧(よそ)おうことができなくなったと嘆いているのである。

PHOTO/ MAKOTO ITO

やがて日本にも伝わり、卑弥呼の時代のものとされる纏向(まきむく)遺跡からも大量の紅花の花粉が発見されている。想像を超える、はるか昔から化粧品をつくり、女性は口紅やほお紅として使っていた。どの時代の女性も自分を美しく彩る意識が高かったのだと感動する。

1978_資生堂京紅_かざらない唇ほど美しい。_ポスター 撮影/横須賀 功光

そして紅花は、漢方薬としても使われていた。血行をよくする効能があり、殺菌作用や、唇のシワをとることも期待されていたようだ。

1976年に発売された「資生堂京紅」は、その効能に着目し、紅花から抽出したカルサミンを原料とし、伝統的な製法を守りながらつくられた紅皿。指や紅筆に水を含ませて色を取り、唇になじませると「艶紅」と呼ばれる、赤くつややかな色を発色する。1978年につくられた山口小夜子さんの広告ビジュアルは、40年近く経った今の時代にも新鮮に映り、魅力的に感じられる。

現代の口紅の原料は、紅花以外のものが多くを占めているが、唇を鮮やかに彩り、顔色を美しく魅せたいと思う女性の気持ちは太古の時代から、これからも変わることはないのである。

本記事は、資生堂の企業文化詩『花椿』からの転載です。
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